生成AIの普及が急速に進むなかで、企業活動を支える保険市場にも大きな変化が起きています。AIは企業の生産性を高め、新しいサービスを生み出す一方で、著作権侵害、誤情報の拡散、システム障害、判断ミスによる損害など、従来の保険商品では十分に想定しきれないリスクを抱えています。
こうしたなか、バークシャー・ハサウェイ(BRK.B)、チャブ(CB)、トラベラーズ(TRV)といった大手損害保険会社が、一般賠償責任保険からAI関連の損害を除外する動きを進めています。報道によれば、全米の州保険監督当局に提出されたAI免責の申請のうち、80%以上が承認されているとされています。
一見すると、大手損保がAI市場から距離を置いているようにも見えます。しかし、これはAIの将来性を否定しているというよりも、リスクを正確に把握できるまで引き受けを制限する防御策と見るべきです。保険会社にとって最も重要なのは、リスクをどの程度の確率で、どの程度の損害額として見積もれるかです。ところが、AI関連リスクはまだ過去データが少なく、損害の範囲も読みづらい状況にあります。
大手損保がAIリスクを避ける理由
保険ビジネスは、過去のデータをもとに保険料を設定する仕組みで成り立っています。自動車事故、火災、自然災害、企業賠償などは、長年の統計データがあるため、ある程度の確率計算が可能です。
しかし、AIリスクは事情が異なります。生成AIが作成した文章や画像が著作権侵害に問われる可能性、AIの判断ミスによって顧客や取引先に損害を与える可能性、AIシステムの停止が企業の業務に大きな影響を及ぼす可能性など、想定されるリスクは多岐にわたります。
さらに、AI技術の進化スピードは非常に速く、保険会社が十分なデータを蓄積する前に新しい用途やリスクが次々と生まれています。2025年には、AI製品を利用する企業に対する消費者からの訴訟が約800件に達し、前年比で140%増加したとされています。こうした状況では、従来型の一般賠償責任保険の枠内でAIリスクを抱え続けることは、保険会社にとって大きな負担になります。
大手損保は過去にサイバー保険で大きなリスクに直面しました。サイバー攻撃の被害が急拡大し、損害額が想定を超えたことで、保険会社は引き受け条件の見直しを迫られました。AI保険でも同じことが起きる可能性があります。そのため、損保各社は早い段階でAI関連損害を除外し、リスクの拡大を防ごうとしているのです。
主要州に残る規制の空白地帯
AI免責の動きには、地理的な偏りもあります。フロリダ州、コネチカット州、メリーランド州などではAI免責の承認が進んでいます。一方で、AI企業が多く集まるカリフォルニア州、ニューヨーク州、テキサス州では、業界標準機関の免責テンプレートがまだ承認されていないため、現時点では同じような免責が広く実行されていません。
これは、AI関連企業にとって一時的な猶予になっています。しかし、裏を返せば、これらの主要州で免責テンプレートが承認された場合、多くのテック企業やAI導入企業が突然、AI関連リスクを自社で負担しなければならなくなる可能性があります。
企業がAIを使い続ける以上、リスクを完全に避けることはできません。そのため、大手損保が一般保険からAIリスクを外すほど、AI専用の保険商品に対する需要は高まります。つまり、規制の空白地帯は、将来的なAI保険市場の急拡大につながる可能性があります。
インシュアテック企業に広がる新たな成長機会
大手損保が慎重姿勢を強める一方で、AI保険に特化した新興企業には大きな事業機会が生まれています。アーティフィシャル・インテリジェンス・アンダーライティング・カンパニー、カナダのアルミラ、コーギーなどの未上場スタートアップは、AI特有のリスクに対応する保険商品の開発を進めています。
これらの企業は、AIの誤作動、知的財産権侵害、サービス中断、AIモデルの出力に起因する損害など、従来の一般賠償責任保険ではカバーしにくい領域に焦点を当てています。大手損保が広くリスクを引き受けるのに対し、スタートアップはAIという特定分野に絞り、より細かいリスク評価モデルを構築しようとしています。
ここで重要なのは、こうしたスタートアップの背後にミュンヘン再保険(MUV2)やロイズ・オブ・ロンドンのような大手再保険市場が存在している点です。再保険会社は、保険会社が引き受けたリスクの一部をさらに引き受ける役割を担います。AI保険のような新しい市場では、再保険会社の支援があるかどうかが、スタートアップの成長に大きく影響します。
見方を変えれば、再保険会社はスタートアップを通じてAIリスクのデータを集めているとも言えます。最前線で新興企業が契約を取り、事故データや損害事例を蓄積する。その情報をもとに、将来的なAI保険の価格設定や引き受け基準が整備されていく可能性があります。
AI保険は独立した巨大市場になる可能性
今後、AI保険は一般賠償責任保険の一部ではなく、独立した専門保険として成長していく可能性があります。これは、かつてサイバー保険が一般保険から切り離され、独立した市場として発展した流れに似ています。
企業がAIを業務に組み込むほど、AIリスクへの備えは不可欠になります。顧客対応、金融審査、医療支援、ソフトウェア開発、コンテンツ生成など、AIの利用範囲が広がるほど、保険でカバーすべきリスクも増えていきます。
その結果、AI保険は高額で専門性の高い商品として定着する可能性があります。特に大企業やAIサービスを提供する企業にとって、AI関連訴訟やシステム障害への備えは、事業継続のための重要なコストになります。
将来は大手損保による買収も視野に
現在は大手損保がAIリスクから距離を置いていますが、これは永久的な撤退とは限りません。むしろ、AI保険市場が成熟し、リスク評価に必要なデータが蓄積されれば、再び大手損保が市場に戻ってくる可能性があります。
その際に起こり得るのが、AI保険に特化したスタートアップの買収です。リスク評価モデル、契約データ、損害事例、顧客基盤を持つ新興企業は、大手損保にとって魅力的な買収対象になります。バークシャー・ハサウェイやチャブのような大手企業が、数年後にAI保険の有望スタートアップを高値で買収するシナリオも考えられます。
AI市場の成長を考えるうえでは、半導体、クラウド、ソフトウェアだけでなく、リスクを受け止める保険市場にも注目する必要があります。AIが社会に深く入り込むほど、リスク管理の重要性は高まります。そして、その受け皿となるAI保険は、インシュアテック市場の新たな成長分野になる可能性があります。
情報ソース: The Information: “Berkshire Hathaway, Chubb Win Approval to Drop AI Insurance Coverage” (By Laura Bratton, Apr. 23, 2026)
※本記事は情報の提供を目的としており、特定の銘柄への投資を推奨するものではありません。投資は自己責任で行ってください。
🎧この記事は音声でもお楽しみいただけます。AIホストによる会話形式で、わかりやすく、さらに深く解説しています。ぜひご活用ください👇