ここ数ヶ月、米国株式市場では「生成AIやAIエージェントの普及によって、従来型のSaaS(Software as a Service)が不要になるのではないか」という懸念が強まっていました。
AIが人間の仕事を代替するようになれば、企業が利用するソフトウェアの「シート数」が減少し、ユーザー数に応じて課金する従来のサブスクリプションモデルが崩れるという見方です。
こうした懸念から、投資資金はエヌビディアをはじめとする半導体やAIインフラ関連企業に集中する一方、ソフトウェア株は長期間にわたって市場平均を下回る状態が続いてきました。
しかし、直近の米国ソフトウェア企業の決算を見ると、状況は変わり始めています。AIはSaaSを破壊するだけの存在ではなく、むしろ既存のソフトウェア企業に新たな収益機会を生み出し始めています。
最新の決算データから、ソフトウェア・セクターで起きている変化を考えていきます。
セールスフォースが示した「AIでSaaSは衰退する」への回答
市場の悲観論を大きく後退させたのが、セールスフォース(CRM)の決算です。
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決算発表翌日、同社株は22.6%上昇しました。この急騰は、単なる売られ過ぎからの買い戻しではありません。投資家が警戒していた「AIによる既存SaaSビジネスの縮小」というシナリオに対し、実際の業績が異なる方向を示したことが大きな要因です。
特に注目すべきなのが、将来の売上高につながる現在の残存履行義務(CRPO)です。前年同期比14%増となり、新規の年間受注額も過去4年間で最高水準となりました。
企業がAIの普及を理由にソフトウェア契約を削減しているのであれば、この数字は伸びにくいはずです。しかし実際には、需要は底堅く推移しています。
さらに、「エージェントフォース」や「スラック」などのサービスも成長を続けています。顧客がより高価格帯のプレミアムバンドルへ移行していることも重要です。
つまりAIは、セールスフォースのサービスを不要にしているのではありません。既存サービスにAI機能を加えることで、顧客企業が支払う金額を引き上げる材料になり始めています。
顧客企業との長年の関係、大量の企業データ、既存システムとの接続環境を持つ大手SaaS企業にとって、AIは競争相手であると同時に、強力な付加価値となる可能性があります。
AI収益は「将来への期待」から実際のARRへ
ソフトウェア企業に対する評価が変わり始めている最大の理由は、AIが単なる将来構想ではなく、実際の売上高や年間経常収益(ARR)として確認できる段階に入りつつあることです。
その代表例がワークデイ(WDAY)です。
同社はサブスクリプション売上高が市場予想を上回っただけでなく、エージェンティックAI製品群から得られるARRが、前四半期の約5億ドルから約6億ドルへ増加しました。
これは重要な変化です。
これまで多くのソフトウェア企業は決算説明会でAI戦略を強調してきましたが、投資家が知りたいのは「AIで実際にいくら稼げるのか」という点です。ワークデイでは、その答えが具体的な数字として見え始めています。
AIが既存製品の販売促進だけでなく、新たな継続課金収入を生み出す段階に入れば、ソフトウェア企業に対する市場の評価基準も変わる可能性があります。
従来のSaaSモデルにAI機能を追加し、より高い料金を課金できれば、ユーザー数の伸びが鈍化したとしても、顧客1社当たりの売上高を引き上げることが可能になるからです。
クラウドストライクには「AI脅威」が追い風になる可能性
サイバーセキュリティ分野では、AIの普及がさらに異なる形で追い風となっています。
クラウドストライク・ホールディングス(CRWD)は、ファルコンプラットフォームへの強い需要を背景に「歴史上最高の四半期」を記録しました。
*関連記事「AI時代の本命市場はサイバーセキュリティ?クラウドストライクとオクタの好決算を徹底分析」
AIの進歩によって攻撃者側も高度な技術を利用できるようになれば、サイバー攻撃はこれまで以上に複雑化する可能性があります。企業側としては、従来型のセキュリティ対策だけでは十分ではなく、AIを活用した検知や自動対応能力が求められます。
つまりAIがサイバー攻撃を高度化させるほど、クラウドストライクのようなセキュリティプラットフォームへの需要が高まるという構図です。
AIによって既存ソフトウェア市場が縮小する分野がある一方で、AIの普及そのものによって新しい需要が生まれる分野もあります。ソフトウェア市場を一括して「AIに破壊される産業」と考えることには無理があると言えます。
ソフトウェア株の長期低迷から潮目が変わるのか
個別企業の好決算が相次いだことで、ソフトウェア・セクター全体の投資家心理にも変化が表れています。
ソフトウェア企業を対象とするETF「iShares Expanded Tech-Software Sector ETF(IGV)」は、ここに来て年初来ベースでプラス圏に浮上しました。サービスナウ(NOW)をはじめとする主要ソフトウェア株の上昇も、セクター全体を押し上げています。
これまでAI相場の中心は、GPU、半導体製造装置、データセンター、電力、ネットワークなどのインフラ関連企業でした。
そのためソフトウェア企業は「AIによって既存ビジネスを破壊される側」とみなされ、投資家からアンダーウェイトされる傾向がありました。
しかし、今回の決算ラッシュは、AI投資の恩恵がハードウェアからソフトウェアへ広がり始めている可能性を示しています。
市場の資金がすぐにソフトウェア株全体へ戻るとは限りませんが、少なくとも「AI=SaaSの終わり」という単純なシナリオは修正を迫られています。
AI時代の勝ち組SaaS企業に必要な3つの条件
今後重要になるのは、「ソフトウェア企業だから買われる」のではなく、AIを実際の収益につなげられる企業を選別することです。
特に注目したいのは、独自データを持っていること、既存顧客との強固な関係を持っていること、そしてAI機能を既存プラットフォームへ自然に組み込み追加料金を獲得できることです。
セールスフォース、ワークデイ、クラウドストライクなどの決算から見えてきたのは、AIが既存ソフトウェアを単純に置き換えるのではなく、企業が保有するデータやプラットフォームの価値を高める可能性です。
AI時代には、新しいAI企業だけが勝つとは限りません。
巨大な顧客基盤と企業データをすでに持つ既存SaaS企業が、その資産をAIと組み合わせることで、新たな収益モデルを作り出す可能性があります。
半導体やAIインフラに集中してきた市場の資金が、次の段階として「AIを収益化できるソフトウェア企業」へ向かうのか。今回の決算は、その転換点を考える上で重要な材料となりそうです。
情報ソース: MarketWatch: “ AI isn’t eating software after all — and the sector’s ‘epic’ rally could run through October” (By Christine Ji, Aug. 30, 2026)
※本記事は情報の提供を目的としており、特定の銘柄への投資を推奨するものではありません。投資は自己責任で行ってください。
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