2025年7月、ヒューレット・パッカード・エンタープライズ(HPE)がジュニパーネットワークスの買収完了を発表し、株価は急騰しました。通常、買収を発表した企業の株価は下落しがちですが、AI時代の今、状況は変わりつつあります。HPEのように、AIインフラの強化につながる戦略的な買収は、投資家からも好意的に受け止められています。
同様に、AI競争に乗り遅れまいとする他のレガシーIT企業も、M&Aによる強化を模索しています。ここでは、今後注目すべき2つの潜在的な買収案を紹介します。
オラクルとシースリー・エーアイ:AIソフト強化に向けた戦略的統合
オラクル(ORCL)は、すでにAI時代への転換を進めており、2020年以降はマイクロソフトの戦略を参考に、クラウド企業への変革を推進しています。顧客をクラウド版ソフトウェアへ移行させると同時に、大規模なデータセンターを構築し、AI向けクラウドサービスを展開しています。2025年度にはクラウド事業の売上が24%増加し、従来事業は横ばいでした。
一方、AI領域でのオラクルの動きは主にハードウェアに集中しており、AIソフトウェア領域は手薄です。ここで注目されるのがシースリー・エーアイ(AI)との統合です。
シースリー・エーアイは、130種類以上の業種別AIアプリケーションを展開しており、既存のオラクル製品と組み合わせることで、企業が保有する膨大なデータをより有効活用できる可能性があります。エネルギー、製造業、政府、軍事分野を中心に顧客を抱えており、業界特化型のソリューションを提供しています。
2025年度には売上が25%増加して3億8,900万ドルとなりましたが、2億8,900万ドルの赤字を計上しました。営業費用が売上の183%にも達したことが要因です。ただし、オラクルによる買収が実現すれば、営業費や管理費(売上の86%)はオラクルの既存営業網によって大幅に削減できる見込みです。
シースリー・エーアイの時価総額は約42億ドル。オラクルは110億ドルの現金を保有しており、買収資金として現金や自社株を利用可能です。ただし、昨年だけで212億ドルのデータセンター投資を行っており、さらなる借入や資本配分が課題になる可能性もあります。
また、シースリー・エーアイのCEOトム・シーベル氏とオラクル会長ラリー・エリソン氏の間には過去に因縁があります。シーベル氏はオラクル出身で、新製品の提案を退けられたことをきっかけにシーベル・システムズを創業。最終的には2005年にオラクルが58.5億ドルで同社を買収しました。この過去の関係も、今回のM&Aに影響を与える可能性があります。
チェック・ポイントとセンチネルワン:包括的セキュリティの構築へ
チェック・ポイント・ソフトウェア・テクノロジーズ(CHKP)は、ネットワークセキュリティの先駆者として知られています。近年ではクラウドセキュリティも強化しており、成熟した製品群を持っています。
一方、センチネルワン(S)はAIを活用したエンドポイントセキュリティに特化しており、ネットワーク外で作業する社員のデバイスも保護するソリューションを提供しています。チェック・ポイントにもエンドポイント製品はありますが、センチネルワンの製品のほうが人気です。
チェック・ポイントの売上成長率は6%と鈍化していますが、安定したキャッシュフローを生み出しており、過去20年で自社株買いにより発行済株式数を55%削減しています。今後、成長路線への転換を図る可能性があります。
センチネルワンは急成長中で、2025年度の売上は32%増加しましたが、140%の費用超過により赤字を計上しました。特に販売費と管理費が売上の82%を占めており、統合後にはチェック・ポイントの営業網を活用することで大幅なコスト削減が見込まれます。
センチネルワンの時価総額は約68億ドルで、過去1年の株価は12%下落しています。チェック・ポイントの保有現金は15億ドルとやや少なめですが、無借金経営であり、株式交換または新規借入で買収資金を調達する余地はあります。
この統合が実現すれば、ネットワーク、クラウド、エンドポイントという3領域を網羅した包括的なセキュリティソリューションが構築でき、チェック・ポイントが保有する10万社超の既存顧客へのアップセルが可能になると見られます。
統合後の課題と可能性
いずれの統合案も、営業費の削減による黒字化や、既存顧客とのシナジーが見込まれる一方で、統合作業には時間とコストがかかります。しかし、AIとクラウドを中心とした市場の成長を取り込むためには、リスクを取った戦略的M&Aも重要な選択肢となっています。
今後もAI競争が激化する中、企業の再編は加速していくと予想されます。今回の2つのケースは、その先駆けとなるかもしれません。