TSMC(TSM)が米国での追加投資1000億ドルを発表し、半導体業界に大きな衝撃を与えました。この決定により、米国内での半導体生産能力が向上し、経済的・国家安全保障上のメリットがあると広く報じられています。
しかし、一方でこの投資計画に対する慎重な意見や異なる視点も存在します。本記事では、TSMCの追加投資がもたらす影響を多角的に考察します。
米国半導体産業の強化として歓迎する意見
TSMCの投資拡大で米国の技術基盤が強化
TSMCの1000億ドル追加投資には、新たな半導体製造工場3カ所、高度な半導体パッケージング施設2カ所、研究開発(R&D)センターの建設が含まれています。これにより、米国内での先端半導体製造能力が向上し、地政学的リスクの軽減につながると期待されています。
特にエヌビディア(NVDA)やアドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)など、TSMCの技術に依存する米国の半導体企業にとって、供給網の安定化は大きなメリットです。これにより、AIチップや高性能プロセッサの安定供給が期待されます。
また、今回の投資には高度なパッケージング施設が含まれており、従来台湾に戻す必要があった最先端チップのパッケージングが米国内で完結する可能性が高まります。これにより、供給の柔軟性が向上し、輸送コストや地政学的リスクが軽減されそうです。
一方で慎重な見方も…TSMCのリスクと課題
コストの増大と財務負担
TSMCの2024年の純利益は約365億ドルで、2025年の設備投資額は約400億ドルと見込まれています。しかし、今回の1000億ドルの投資を4年間で実施する場合、年間約250億ドルの追加投資が必要となり、TSMCにとって財務的な大きな負担となります。
さらに、米国での製造コストは台湾と比較して格段に高く、特に労働コストやエネルギーコストが問題となります。TSMCはこれまで台湾での効率的な生産を強みにしてきましたが、米国内で同じコスト構造を維持することは困難です。これにより、TSMCの利益率が圧迫される可能性があります。
米国政府からの支援なし
今回の投資に対し、TSMCは米国政府からの補助金を受け取らない方針を示しています。これは、TSMCにとって自己負担での巨額投資を意味し、今後の財務戦略に影響を与える要因となります。
バイデン政権はCHIPS法を通じて米国内の半導体製造強化を支援していますが、TSMCが今回の投資で政府補助を受けないという決定は、同社の経営判断にとって慎重な対応を求める要因となりそうです。
米国の半導体関税が逆風に
トランプ大統領が掲げる半導体関税の導入は、TSMCとその顧客にとって大きなリスクとなります。トランプ氏は台湾からの半導体輸入に対し、25%から最大100%の関税を課す可能性を示唆しています。
仮にこれが実施されれば、TSMCのチップ価格が大幅に上昇し、米国企業の負担が増すことになります。これにより、TSMCの米国内投資の採算性が悪化し、計画の一部が見直される可能性も否定できません。
インテルやサムスンとの競争激化
米国内では、すでにインテル(INTC)が米国政府の補助を受けながら先端半導体製造を強化しています。インテルは2022年に200億ドル規模の工場建設を発表し、米国政府の支援を受けて国内生産を拡大しています。
また、韓国のサムスン電子もテキサス州に先端半導体工場を建設する計画を進めており、TSMCにとって米国内での競争環境は厳しくなる可能性があります。
TSMCが米国内で競争力を維持するためには、単に生産能力を拡大するだけでなく、コスト面での課題を克服し、政府の政策リスクを乗り越える必要があります。
TSMCの米国投資、半導体業界にとって吉か凶か
TSMCの1000億ドル追加投資は、米国の半導体供給網強化に大きく貢献する一方で、同社にとって財務的な負担や地政学的リスクが増す可能性もあります。
ポジティブな視点では
- 米国の半導体生産能力が向上し、供給網が強化される
- TSMCの顧客であるエヌビディアやAMDにとって供給リスクが軽減
- 最先端チップのパッケージングが米国内で完結し、効率化が進む
慎重な視点では
- 米国内での生産コストの高さがTSMCの利益を圧迫
- 米国政府の支援なしでの巨額投資が財務リスクに
- 半導体関税の影響でTSMCの事業戦略に不透明感
- インテルやサムスンとの競争激化が米国内でのシェア獲得を難しくする可能性
今後の展開として、TSMCが米国内でどのようにコストを管理し、政府の政策に適応するかが焦点となります。半導体業界の未来を左右するこの投資が、長期的に成功するかどうかは、今後の政策や市場の変化によって大きく左右されることになりそうです。
*過去記事はこちら TSMC