ここ2年間、米国の主要テクノロジー株は驚異的な成長を遂げてきました。通称「マグニフィセント・セブン」と呼ばれるこれらの企業の総時価総額は18兆ドルに達し、市場を席巻してきました。しかし、先週、誰も聞いたことのない中国のスタートアップ企業が、それらの巨人を脅かしました。その企業とはディープシークです。
同社が発表したR1人工知能モデルは、既存のAIモデルと比べても遜色のない性能を持ち、さらにクラウドでのトレーニングや実行コストを大幅に削減できるとされています。この技術の登場は、AIのコスト構造を大きく変える可能性があり、大手テクノロジー企業にとっては大きなリスクとなるかもしれません。
アップル(AAPL)にとってのチャンス
アップルは、今回のAI革命によって最も恩恵を受ける可能性がある企業の一つです。近年、同社はAIインフラやクラウドデータセンターへの投資が競合他社よりも少なく、AIモデル開発でも遅れを取っていると批判されてきました。しかし、慎重な投資姿勢が結果として功を奏する可能性が出てきました。
ティム・クックCEOは、最新の決算説明会で「効率性を高めるイノベーションは良いことだと思います」と述べ、ディープシークの新技術について前向きな見解を示しました。アップルの強みであるハードウェアとソフトウェアの統合が、今後さらに重要になる可能性があります。
もし、ディープシークの最適化技術が米国のAIベンダーによって再現可能であれば、より小型で効率的なモデルの台頭が加速するでしょう。スマートフォンやノートパソコンといったローカルデバイス上でAIを実行する未来が現実になれば、これはアップルにとって大きな追い風になります。
アマゾン(AMZN)への打撃
ディープシークの技術革新によって最も脆弱に見えるのはクラウド事業です。ローカルサーバー上でAIモデルを実行できるようになれば、クラウドサービスの利益率が低下する恐れがあります。これは、Amazon Web Services(AWS)を市場リーダーとして牽引してきたアマゾンにとって特に大きな問題です。
一方で、小売業としてのアマゾンは、より安価なAIを活用することで、パーソナライズされた推奨機能を向上させることが可能になります。しかし、投資家はこれまでアマゾンのクラウド事業の高成長と高利益率を評価して投資してきました。そのため、クラウド市場の収益性が低下することは大きな懸念材料となります。
来週のアマゾンの決算報告では、ディープシークの影響について多くの議論が交わされることになりそうです。
エヌビディア(NVDA)の脆弱性
AIの成長に最も恩恵を受けた企業の一つがエヌビディアです。そのため、同社の株価は先週、大きな打撃を受けました。週明けの1月27日の市場では17%も急落し、週の後半には一部を回復したものの、AI市場の変化が同社に与える影響は無視できません。
ディープシークのR1モデルが突然効率的になったことで、AIトレーニングと推論においてエヌビディアの強みだったBlackwellグラフィック処理ユニット(GPU)の需要が減少する可能性が懸念されています。現在、エヌビディアは72個のBlackwell GPUを組み合わせたGB200 NVL72という強力なAIサーバーシステムの出荷を開始したばかりですが、AIチップ市場における供給不足が供給過多に転じれば、同社の成長戦略に影響を及ぼすでしょう。
とはいえ、AIのコスト削減による効率性向上は、長期的にはエヌビディアにとってもプラスに働く可能性があります。技術革新が新たなアプリケーションの普及を促進し、より多くのAI関連機器の需要を生み出すからです。
テスラ(TSLA)へのポジティブな影響
ディープシークの技術は、テスラにとっても良いニュースとなるかもしれません。AIの発展により、テスラは単なる自動車メーカーではなく、AIを活用する企業としての評価が高まっています。
モルガン・スタンレーのアナリスト、アダム・ジョナス氏は「AIはデジタル世界から物理世界へと移行しており、テスラはその最前線にいる」と指摘しました。AI開発コストが低下すれば、アプリケーション開発者であるテスラにとっては有利に働きます。同社は2024年第4四半期の決算報告で、AIの計算能力が5倍以上になったと発表しましたが、そのために113億ドルの設備投資と45億ドルの研究開発費を費やしました。ディープシークの技術は、このようなコストを大幅に削減する可能性があります。
マイクロソフト(MSFT)、アルファベット(GOOGL)、メタ(META)の今後
マイクロソフト、グーグルの親会社であるアルファベット、メタの3社は、AI開発競争においてアマゾンに次ぐ大規模な投資を行っています。しかし、最終的には勝者となる可能性が高いと考えられています。
マイクロソフトのクラウド部門は急成長しており、昨四半期の売上は19%増加しました。同社のAI戦略の目玉であるMicrosoft 365 Copilotは、ワードやエクセルなどのOfficeアプリに年間360ドルで追加可能です。AIのコストが下がれば、価格を引き下げつつ普及を加速させることができそうです。
アルファベットのクラウド部門の売上は、前期比35%増加しました。しかし、同社の広告収入は売上の75%を占めており、検索エンジンやYouTubeの広告ターゲティング技術の進化による恩恵を受ける可能性があります。
メタも同様に、広告事業を主軸としています。同社はAIデータセンターに多額の投資を行っていますが、それをクラウドとして貸し出すのではなく、自社の広告事業に活用しています。AIの効率化によって、エンゲージメントの向上や広告ターゲティングの強化が進みそうです。
まとめ
ディープシークの登場によって、AI業界の競争環境は大きく変化する可能性があります。特に、クラウドサービスに依存する企業にとっては試練の時が訪れるかもしれません。一方で、ローカルデバイスでのAI活用が進めば、アップルやテスラのような企業にとっては好材料となりそうです。
今後の市場動向に注目が集まります。
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