AI(人工知能)の急速な普及によって、データセンターに必要な計算能力と電力の確保が世界的な課題になっています。
エヌビディア製GPUをはじめとする高性能半導体の需要が増える一方、データセンター建設には大量の電力、冷却設備、広大な土地が必要です。米国では地域住民の反発や電力網の制約によって、新たなデータセンターを建設する難易度も上昇しています。
こうした問題への新たな解決策として注目されているのが、海洋データセンターを開発するスタートアップ「パンサラッサ(Panthalassa)」です。
同社は波力発電と海水冷却を組み合わせ、海上でAI向け計算処理を行うという独自の構想を進めています。
本記事では、米テクノロジーメディアのジ・インフォメーションの報道をもとに、パンサラッサの事業モデルと成長性、さらに今後直面する課題について考察します。
わずか3カ月で評価額が2倍に
パンサラッサは2026年8月時点で、資金調達後の評価額約20億ドルで2億2,500万ドルを調達する方向で協議を進めています。
同社は2026年5月にも、評価額約10億ドルで1億4,000万ドルを調達しています。
つまり、わずか3カ月で企業価値が約2倍に上昇したことになります。
投資家から高い評価を受けている背景には、単なる構想ではなく、実際の設備開発が進んでいることがあります。
オレゴン州ポートランド近郊には製造施設を完成させ、ワシントン州沖ではプロトタイプ「パンサラッサ・オーシャン2」を設置しています。
投資家には8090インダストリーズやハンファ・アセット・マネジメントのほか、過去の資金調達ではクライナー・パーキンスのジョン・ドーア氏、ピーター・ティール氏が設立したファウンダーズ・ファンド、マックス・レヴチン氏が設立したサイファイ・ベンチャーズ、フィグマのディラン・フィールドCEOなどが参加しています。
AI向けデータセンター需要の急拡大に対し、陸上インフラだけでは十分な供給能力を確保できないという問題意識が、投資資金を呼び込んでいると考えられます。
海上データセンターが土地規制を回避する
パンサラッサの大きな特徴は、現在のデータセンター業界が直面する「土地」と「電力」という2つの制約を同時に解決しようとしている点です。
米国では2023年以降、州政府や地方自治体によって300件以上のデータセンター開発禁止措置が可決されたと報じられています。
大量の電力消費、水資源への影響、騒音、景観などを理由に、地域住民がデータセンター建設に反対するケースも増えています。
一方、パンサラッサの設備は海上に設置されるため、陸上の土地利用をめぐる問題を大幅に減らせる可能性があります。
AIデータセンターの建設場所そのものを海へ移すという発想は、土地不足が深刻になるほど大きな競争力になる可能性があります。
波力発電と海水冷却で電力問題に挑む
パンサラッサのシステムでは、ブイ型構造物が波の上下運動を利用して発電します。
そこで生み出した電力を使って、水中に配置されたGPUクラスターを稼働させる仕組みです。
一般的なデータセンターでは、GPUそのものに加えて冷却設備にも大量の電力が必要になります。
しかし海中では周囲の低温海水を利用できるため、冷却に必要なエネルギーを抑えられる可能性があります。
さらに外部の電力網に依存せず、発電、計算、冷却を海上で完結できれば、電力不足が深刻な地域でもAI計算能力を増設できるようになります。
計算結果を衛星通信などを通じて陸上へ送信する仕組みまで確立できれば、都市部の電力網や土地への負担を抑えた新しいデータセンターモデルが成立する可能性があります。
最大の課題は海洋環境での耐久性
一方、海洋データセンターには独自のリスクがあります。
海水による腐食、塩害、高波、台風、海洋生物の付着など、精密機器にとって海は非常に厳しい環境です。
設備故障が発生した場合、陸上データセンターより保守や交換に時間とコストがかかる可能性もあります。
そのため、パンサラッサの将来性を判断するうえでは、発電効率だけでなく、設備の耐久性や保守コストを含めた長期的な経済性を確認する必要があります。
共同創業者のブライアン・モファット氏や、CEOのガース・シェルドン・コールソン氏ら経営陣が、海洋環境でも安定して稼働するシステムを構築できるかが重要になります。
原子力や宇宙データセンターとの競争も激化
AI向け電力をめぐる競争は、海洋だけで進んでいるわけではありません。
小型原子炉を開発するヴァラー・アトミクスは、セコイア・キャピタル主導で10億ドルの資金調達を発表し、評価額は60億ドルに達しています。
核融合開発を進めるヘリオン・エナジーも2026年6月、スライブ・キャピタル主導で4億6,500万ドルを調達し、評価額は155億ドルとなりました。
さらに宇宙データセンター分野では、スタークラウドが評価額約22億ドルでの資金調達を協議しているほか、スペースX(SPCX)やブルーオリジンも宇宙空間でのデータセンター構想を進めています。
海洋データセンターについては、マイクロソフト(MSFT)が過去に海中データセンターの実証実験を行ったほか、中国でも24メガワット級の洋上風力を利用したデータセンター開発が進められています。
宇宙データセンターに比べれば、既存技術を活用しやすい海洋型のほうが短期的には実現可能性が高いと考えられます。
パンサラッサはAIインフラ再編の試金石になるか
パンサラッサが注目されている理由は、単なる環境技術企業ではなく、AI時代のデータセンターが直面する土地、電力、冷却という複数の問題を同時に解決しようとしている点にあります。
今後、AIモデルがさらに大型化すれば、計算能力をどこに設置し、どのように電力を供給するかがAI業界全体の成長を左右する重要なテーマになります。
パンサラッサはアンソロピックなどと同様に、公益法人(パブリック・ベネフィット・コーポレーション)の形態を採用しています。
社会的な目的を掲げながら商業的にも成立するモデルを構築できるかは、今後の大きな焦点です。
現時点ではまだスタートアップ段階であり、大規模な商用運用に成功できるかは未知数です。ただし、海そのものを発電設備、冷却設備、データセンター用地として利用する発想には大きな可能性があります。
AIインフラのボトルネックが半導体から電力と立地へ移りつつある中、パンサラッサは次世代データセンターのあり方を占う重要な企業の一つになりそうです。
情報ソース: The Information: “Ocean-Powered Data Center Startup Set to Double Valuation to $2 Billion” (By Julia Hornstein, Aug 6, 2026)
※本記事は情報の提供を目的としており、特定の銘柄への投資を推奨するものではありません。投資は自己責任で行ってください。
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