2025年1月の最終週、ソーシャルメディア上での誇張された報道が原因で、米国の大手テクノロジー株の時価総額が約10兆ドルも消失する事態が発生しました。この騒動の中心には、中国のAIスタートアップ「ディープシーク」があり、エヌビディア(NVDA)をはじめとするAI関連銘柄が大きく下落しました。しかし、実際の状況は表面上の情報よりもはるかに複雑です。本記事では、ディープシークの影響と、米国のAI企業がどのように対応しているのかを詳しく解説します。
AI関連株の急落とその背景
週明けの1月27日、ナスダック総合指数は3.1%下落し、AIリーダーのエヌビディアは17%の急落となりました。これは、ソーシャルメディア上で広まった「中国企業がわずか600万ドルでオープンAIを模倣した」という誤った情報が原因です。
実際には、ディープシークは12月下旬に発表した「ディープシーク-V3モデル」の技術論文において、最終トレーニングの実行にかかったコストを600万ドルと試算しています。しかし、この金額には以下の費用が含まれていません。
- アーキテクチャやアルゴリズムの研究
- データの収集
- 従業員の給与
- GPU(グラフィック処理ユニット)の購入費用
- テスト運用費用
つまり、最終的なモデルのトレーニングコストだけを比較して、米国企業のAI開発コストと比べるのは適切ではないと言えます。
ディープシークのAIモデルと技術的な疑問
バーンスタインの半導体アナリストであるステイシー・ラスゴン氏は、「中国がわずか600万ドルでオープンAIを模倣したというのは完全に誤った認識だ」と指摘しています。また、テクノロジーファンドAltreides Managementのマネージャーであるギャビン・ベイカー氏も「ディープシークのモデルを数百万ドルでゼロからトレーニングすることは不可能」と述べています。
さらに、AI専門家たちはディープシークが以下の技術を利用している可能性を指摘しています。
- 米国の高度なAIモデルの出力を活用
- 「蒸留(Distillation)」技術による小型モデルの最適化
蒸留とは、より大きなAIモデルの能力を小さなモデルに転送する技術であり、オープンAIの技術利用規約では禁止されています。29日には、オープンAIが「中国で同社の技術を模倣するグループが存在する」と公式に認めました。
米国テクノロジー企業のAI投資の継続
ディープシークの影響が広がる中、米国のテクノロジー企業はAIインフラへの投資を継続する方針を明らかにしています。
メタ・プラットフォームズ(META)の最高経営責任者(CEO)であるマーク・ザッカーバーグ氏は、AIインフラに「数千億ドル」を投じる計画を発表しました。彼は、次世代のAIモデルが以下の機能をリードすると述べています。
- オーディオとビデオの統合
- AIエージェント機能(複数のタスクを実行可能なAI)
また、ザッカーバーグ氏はFacebook上で、2025年の設備投資額を600億ドル〜650億ドルに設定したと発表しました。さらに、メタは現在2ギガワット以上のデータセンターを建設中で、年末までに130万台以上のGPUを保有する予定です。
このように、ディープシークの登場があったとしても、米国のテクノロジー企業はAI開発に向けた投資を加速させています。
AI推論の効率化とその影響
ディープシークの登場により、AI推論(AIモデルが出力を生成するプロセス)に必要な計算コストが大幅に削減できる可能性が浮上しました。調査会社ニューストリート・リサーチによると、ディープシーク-V3を使用すると、同等のオープンAIモデルと比較して推論コストが約90%削減されると報告されています。
しかし、AI専門家の間では、エヌビディアの広報担当者が指摘するように「AI推論には膨大な数の高性能GPUが依然として必要」であることに変わりはないという見解が多くあります。これまでの技術革新の歴史から考えても、AIチップの需要が急激に減少するとは考えにくい状況です。
AI市場の今後の展望
マイクロソフト(MSFT)のCEO、サティア・ナデラ氏は、「ジェボンズのパラドックス」を引き合いに出し、AI技術の効率向上によって利用が増え、結果的に市場規模が拡大する可能性を指摘しました。
エヌビディアのCEOであるジェンスン・フアン氏も、「過去10年間でAI推論性能を1,000倍向上させ、今後10年間もこのペースを維持する」と述べています。
AI市場の成長は止まるどころか、さらなる拡大が見込まれています。AIの能力が向上すれば、新たなアプリケーションが開発され、それに伴いコンピューティング能力への需要も増えていくと考えられます。
まとめ
ディープシークの登場はAI業界にとって重要な出来事ですが、「安価なAIが米国のリーダーシップを脅かす」という見方は誤解を生んでいます。AI推論の効率化は市場にプラスの影響を与え、大手テクノロジー企業にとっても新たなビジネスチャンスとなる可能性が高いと予想されます。
米国企業は依然としてAI開発に莫大な投資を行い、技術革新を続けています。短期的な市場の混乱はあるものの、長期的にはAI市場の成長が続くと見られます。
*関連記事はこちら ディープシーク