先週末、ソーシャルメディア上で、中国のディープシーク社がわずか600万ドルでOpenAIの人工知能を再現したというバイラル投稿が話題となりました。この投稿はハイテク株に影響を与え、1月27日の米国市場ではナスダック総合指数が3.1%下落、エヌビディア(NVDA)の株価が17%もの大幅下落となりました。
しかし、この情報には誤解が多く含まれており、実際の状況はかなり複雑です。
ディープシークの実態と600万ドルの誤解
ディープシークは2024年12月に発表したDeepSeek-V3モデルのテクニカルペーパーで、モデルの最終トレーニングに必要なクラウドリソースコストを560万ドルと見積もりました。この額には、モデル設計、データ取得、従業員の給与、GPU購入、そして研究開発費などの重要なコストは含まれていないと思われ、実際の開発コストは大幅に高額である可能性が高いと見られます。
バーンスタインのアナリスト、ステイシー・ラスゴン氏は「中国が500万ドルでOpenAIの複製を作ったという主張は完全に誤り」と述べています。また、テクノロジーファンドマネージャーのギャビン・ベイカー氏も「ゼロからディープシークモデルを数百万ドルで構築することは不可能」とコメントしています。
ディープシークの技術的進歩と蒸留プロセス
AI専門家たちは、ディープシークが「蒸留」と呼ばれるプロセスを用いて効率化を図ったと考えています。蒸留とは、より大規模なモデルの出力を利用し、小型モデルの能力を向上させる技術です。この手法により、DeepSeek-V3モデルは推論コストをOpenAIのモデルより約90%削減する可能性があるとされています。
ただし、これがAIチップ市場に与える影響は限定的であり、AIインフラに対する需要は引き続き高い状態が続くと予想されています。
中国のAI投資計画とエヌビディアの視点
先週、中国政府は今後数年間でAI分野に1370億ドルを投資する計画を発表しました。さらに、ディープシークの創業者である梁文峰氏は、中国の李強首相に対し「AI GPUに関するアメリカの輸出規制が依然として大きな障壁になっている」と述べました。
エヌビディアの広報担当者は、ディープシークの進歩を評価しながらも、「推論には多くのエヌビディアGPUと高性能ネットワーキングが必要」と強調しました。
このことは、世界のテクノロジー企業が新しい高度なモデルを訓練し、次世代技術を開発するために、AIインフラへの支出を続ける可能性が高いことを意味しています。
メタの積極的なAI投資
メタ・プラットフォームズ(META)は先週、2025年の設備投資額を600億ドルから650億ドルに増額すると発表しました。同社のマーク・ザッカーバーグCEOは、AI分野の成長を見据えた戦略的な投資計画を打ち出しています。同社は2ギガワット以上のデータセンターを建設中で、2025年末までに130万以上のGPUを保有するとしています。
ジェボンズのパラドックスとAIの将来
AI効率が向上するにつれ、新たな使用事例が生まれ、AI技術の需要はさらに拡大する見込みです。これを「ジェボンズのパラドックス」と呼びます。ジェボンズのパラドックスとは、1865年に経済学者が提唱したもので、効率性の向上は、新たな使用例が経済的になり、発見されるにつれて消費を増加させるというものです。
市場がAIの効率化を誤解することがあっても、長期的にはAI技術の需要が減少する可能性は低いと見られています。元インテルCEOのパット・ゲルシンガー氏は「コンピューティングのコストが下がると市場が拡大する」と述べており、AI分野においても同様の現象が予想されます。
今後の展望
ディープシークの技術革新は、AI推論コスト削減の可能性を示しています。しかし、AIチップ市場が恒常的な供給過剰になる兆候は見られず、引き続き高性能なAIインフラへの需要が続くと考えられます。AI技術が進化するにつれ、企業や開発者がその技術を活用する新しい方法を見つけていくのは必然と言えます。